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言いたいことついでに

 世間で言ったら袋叩きに遭うようなことでも行ってしまおうかと・・・。

 実はですねー。前々から思っていることが、考えれば考えるほど世間に逆らった方向に行くのです。

 釈迦に十大弟子というのがいたというのです。そして、各弟子の特徴が、まぁ一種の教えのようなものとして残っているのです。エピソードというのか、教訓というのか、何というのでしょうか、そんなんで紹介されている釈迦の高弟たちのことです。

 んでもってこの人たち、高弟であるとすると少し筋が通らない。

 あまりにそれぞれ特徴がありすぎる。まぁそれぞれの特徴を誇張してわかりやすく残したと思えばよいのでしょうが、私の目はごまかせない。

 この誇張された十人の人たち、本当は釈迦より前に生きていた人たちだということにしたほうがより真実味がでてくるのです。釈迦の息子までいたということになっているが、真実味を増すための後付のようにも思えてくるのです。

 釈迦はそんな人たちを観て、あるいは師として、自己形成して行ったと言う方が自然なのです。

 その人数は無数だったと言ってよいかも。息子の話にしたって釈迦ほどの人物ならば年下の者のよいところ悪いところ自分の糧にしたっておかしくないのです。

 どうしても釈迦が頂点にいて、教えが広まって行った。という方が釈迦に尊敬が集まり、教団をまとめやすいからでしょうか。どうも弟子たちということになっている。

 このピラミッド型の思考法は例の過去より現在の方が進歩している、発展している、という獏とした思いを持つ人を洗脳するにはちょうどよいのです。

 よい考えが広まり、だんだんよくなっていく。・・・えっ。それだったら釈迦のコピーみたいな弟子がたくさんいてもよさそうなのにねー。

 真実は逆ピラミッド型なのです。大勢の人たちの考えや行動を見たり、聞いたりして、真摯に受け止め、じぶんなりに答えを出していった。そしてその容量が並でなかったということなのでしょうか。

 実際当時の年表を見てみると中国の老荘思想など釈迦が貪り学んだに違いありません。えっ、釈迦は貪るなと言ったってぇーっ。

 やはり古の賢者たちの考え方を学ぶことは私にとって是非とも必要におもえるのです。

 

 

 

 

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